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大甕神社〜まさかの都市伝説?! [歴史・レトロ・旅行]

昨夜、テレビを点けたら12chの人気番組「やりすぎ都市伝説」を放映中!面白そうなので見ていたら「常磐線沿線の都市伝説」編をやっていました。

番組の中では常磐線沿線を北上して、各地の不思議な言い伝えを謎解きしていくコーナーを、あばれる君が レポート。ひたちなか市ではお馴染みの「千々乱風伝説」を。

そうしたら次は「大甕駅」にやって来て、何と〜我々夫婦が一昨日行ったばかりの「大甕神社」を取り上げるではありませぬか?!

大甕は神と人との境界」とのサブタイトルで境内を巡り、「宿魂石」をよじ登るシーンなど「日向の薫り-4」で昨日紹介したばかりの内容をより興味深く紹介してくれました。

最後はこちらの怪しげな「境界石」(縁切り石)の前で、若い神主さんの説明に神妙に耳を傾けるあばれる君。

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”はるべふるべゆらゆらとはるべ”の呪文を唱えながら、「境界石」の 穴を潜って自分を浄化するというもの。あの時は用途が分からなかったのですが、こんな風に用いるんですねえ。私も、不甲斐ない自分から決別するためにやっておけばよかったなあ?

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いくら何でもこんなにも早く、同じ場所を都市伝説で取り上げられ、楽しく復習できるとは思いませんでした。


大甕】とは?

大甕はかつてこの地に存在した久慈村の字名として使われていた。古代、神と人の住む境界に大甕(土器や陶磁器など大きくて深い鉢のこと)を埋め(酒などを満たして)、祭祀が行われた地であったことに由来するらしい。県内では鹿島神宮の御神体が大甕だったとの説や、御岩神社境内の奥社にも石製甕が埋められているそうで、「甕信仰」や「甕神信仰」とも。地名としての「甕」は当用漢字にはないため現在は「大みか」と表示されている。

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巨石崇拝のパワースポット・大甕神社へ [歴史・レトロ・旅行]

最近はどういう訳か体調も気持ちもボロボロ! お抱えの脳外科病院も当てにはならないし・・。(涙)

困った時の神頼みというか気持ちを切り替える為、私好みのパワースポット・大甕(おおみか)神社へ出掛けました。

人気のパワースポット・御岩神社にもしばらく行ってないし、ここは無理しないで近場の大甕神社を選ぶことに。まずは石段を上がって格調ある造りの拝殿を参拝します。

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創建は明らかではありませんが、社伝によれば皇紀元年(紀元前660年)とか。(ホントかなあ?) 背後には「宿魂石」という曰くありげな?大きな岩山が聳え、さらにその裏手は、岩山を削って道路にした国道6号線が「石名坂」を通っています。


古代、この一帯は甕星香々背男(みかぼしのかがせお)と称する星神が支配。神出鬼没のため、さすがの鹿島・香取の軍神も攻め倦んでおりました。そこで二神に替わって、近くの静神社の織物の神・武葉槌神が戦いを挑み、甕星香々背の霊力を巨大な「宿魂石」に封じ込めたという大変ミステリアスな伝説が?! でも織物の神というと優しい感じがするんですけどねえ?

拝殿回廊の羽目板には伝説を裏打ちするように、武葉槌神(上)が甕星香々背男(下)を成敗する勇壮なクライマックスシーンが透かし彫りで表現されており、一見の価値があります。

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拝殿の裏手にある神体石・「宿魂石」を登って本殿に向かいます。参道はゴツゴツした岩だらけ。

この岩の中に「甕星香々背男」という地主神が封じ込められでいるのかと思うと不気味な感じも。( ´∀`)

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勾配がキツイので、半病人の私にはもう大変! 岩場に設けられた鎖に捕まり、更には付近の岩や木の枝に捕まり、ふらふらしながらの難行苦行でした。以前の私だったらもっと楽に登れていたのにねえ。(涙)

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下を見ると、心配で付いてきたチャコさんの姿が見え隠れ。

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頂上の本殿が見えてきました。

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どうにか、こうにか〜健葉槌命の鎮座する本殿に到着できました。

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参拝が終わりましたが、下山コースを下るのも大変でした。

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下山コースを降り切ると、今度は「境界石」という不気味な物体が目の前に〜?!

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別名「縁切石」というそうで、特別な祈願札が無数に貼り付けてありました。

札に印刷された漢字だけの祝詞を音読みすると「ふるべふるべゆらゆらとふるべ」。これって、古代呪術集団「物部一族」に伝わる”布留の鎮魂歌”では?! 白昼、オカルト雑誌「ムー」の世界を垣間見たような不思議な錯覚に囚われ、思わず目眩がしてしまいました。(°▽°)

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境内には色鮮やかな羽を持つ鶏・東天紅4羽が放し飼いにされ、時折鳴き声が境内中に響いておりました。鶏は夜明けに鳴いて時を告げることから、昔の人々は「神の使い」と神聖視したそうで、古い神社ならではの光景でした。

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さらに境内を巡ると、わおぅ〜目の前には真新しい神門が堂々と建っているでは!!

昨年7月に完成したそうですが、ますます神威が増してきましたねえ。

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さらにさらに、神社前の市道の一角には市の有形文化財となっている「泉川道標」が〜!

明和8年(1771年)と言えば、第10代・徳川家治の江戸時代ですが、かつてはこの辺りも交通の要衝だったのでしょうね。

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わずかな時間でしたが、存分に好奇心を満たされた大甕神社巡りとなりました。


そう言えば「大甕」という地名も不思議ですよね? 何か由来があるはずなので、調べてみて下さい。

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重要文化財のある古刹・上宮寺 [歴史・レトロ・旅行]

木曜日は終日、那珂市の親戚の葬儀に参列しておりました。

最後に納骨に立ち会うべく、同家の菩提寺である本米崎の「上宮寺」に向かったら、目の前にはいかにも格式の高そうな寺院が〜!!

資料によれば上宮寺は、浄土宗本願寺派の寺院で、親鸞聖人から直接教えを受けた弟子の明法房によって1221年に創建された親鸞聖人関東二十四輩第十九番札所とのこと。

私的には「上宮=聖徳太子」のイメージがあり、聖徳太子信仰のお寺かなあ?と勝手に思っておりました。

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ところが、山門前に立つ石碑には重要文化財「絵画紙本着色 聖徳太子絵伝」の文字が刻まれていたので、予想通りの展開にビックリ!!

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辺りは早咲きの桜や梅が咲き乱れ、まさに極楽浄土の雰囲気でした。

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境内には親鸞聖人の像や鐘楼なども配置され、歴史オタクの私には刺激が強過ぎました。

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そして本堂軒下には、2体の龍が絡み合う見事な彫刻も〜!!

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法事が終わって帰宅するも、重要文化財「聖徳太子絵伝」のことが気になって仕方ありませんでした。

その時閃いたのが、そういえば以前どこかで聖徳太子展を見て、県内では唯一「上宮寺」からお宝が展示されていたことを思い出しました。もしかしてと本棚を調べたら、こちらの図録とパンフが見つかった次第。2001年秋に東京都美術館で開催された「聖徳太子展」に出かけて重い図録まで購入していたとはねえ。

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こちらの立派な図録を捲っていたら〜ついに発見〜!

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那珂市の上宮寺が保有しているお宝はこちら!

1321年(鎌倉時代)に描かれた紙本着色絵巻で、聖徳太子の生涯と特筆すべき出来事を描いたものでした。奈良時代から形成されてきた「太子信仰」、こんな古い歴史を持つ寺院がすぐ近くに存在し、しかも親戚の菩提寺だったとは全くの驚きでした。

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今じゃ〜信じられませんが、20年前は好奇心の赴くまま、いろんな場所へ出没していたようです。それにしても上宮寺+聖徳太子のキーワードでこの図録を思い付くとは〜私の記憶力はまだまだ健在でした。

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県歴史館から偕楽園へ [歴史・レトロ・旅行]

昨日はポカポカ陽気に誘われて、こちらの特別展が始まったばかりの県歴史館へ。

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館内は入口の図以外は全て撮影禁止でしたが、こちらの立派な図録が1300円という格安で購入できたので、"反射炉オタク"の私にはラッキーでした。(^^)

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なので安心して、近くの偕楽園まで足を伸ばすことに。

さすが〜観光都市・水戸だけのことはありますねえ! 梅は超見頃だし、好天の日曜日とあって大勢の観光客で賑わっておりました。

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欲張って歩いたので、もうふらふら。帰宅後はぐったりでしたが、「那珂湊反射炉」の図録を眺めながら、素晴らしい週末を過ごすことができました。

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こちらはかつて湊公園に設けられ、その後幕末の天狗党の乱で焼失した幻の水戸藩別荘「い賓閣」の30分の1の模型。

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私の知り合いのメンバーで構成された「い賓閣復元研究会」が各種文献を元に、何年か前にプロに依頼して作り上げたもの。しかも出来上がったばかりの立派な模型を何と〜コミュニティギャラリーに持ち込んで初公開したのです!!まさか今回の特別展でも出会うとは!?私にとってはサプライズな出来事でした。

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十五郎穴古墳群の古代ロマンに浸る [歴史・レトロ・旅行]

最新の市報1〜2面は、通称「十五郎穴古墳群」が国指定史跡内定の特集記事で埋め尽くされておりました。こんなにも凄い古墳群なのに、まだ国指定になってなかったんですねえ。

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ここにはもう何度も通いましたが、今回のホットなニュースで、埋蔵文化財センターでは当然何らかの催しをやっているのでは?と訪れてみると、やはり〜こんな特別展示が!!

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この古墳群の凄さは東日本最大級を誇る古墳の数(現在までの確認数;524基)だけでなく、その後の大規模な発掘調査で新たな横穴墓(35号墓)から、正倉院宝物と同型の太刀「蕨手刀(わらびてとう)」や「刀子(とうす)」などが発見され俄然脚光を浴びました。この地には大和朝廷から一目置かれるほどの実力者がいたのですねえ。これを伝える新聞紙面には興奮気味な関係者のコメントが!!これらの調査結果を踏まえ、今回国指定史跡に答申されました。(正式認可は来春の予定)

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こちらが、35号墓発掘時の「装飾鉄剣(蕨手刀)」などの貴重な副葬品発見時の写真です。長い年月を経ているので錆びてはいますが、ただならぬ風格を感じます!普段は非公開ですが、特別展示期間中(1月28日まで)に限り同センターで貴重な実物とガラス越しで対面できます。

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埋蔵文化財センターで予備知識を得たら、いよいよ「十五朗穴」へ向かいます。

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昼なお暗き雑木に覆われた未舗装の急な小道を下っていくと・・

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坂を下り切った付近には、トタン塀で厳重に囲まれたエリアが!? これがお宝の鉄剣が発見された「35号墓」。私はかつて同センターの歴史講座に参加した際、幸運にも講師の案内で、開口している「35号墓」を見学できました。以前は古墳の前に民家があったため発掘が遅れたそうな。その後地盤が軟弱と分かり、保存も兼ねて立ち入り禁止になったものです。

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いよいよ県指定史跡エリアに到着。この辺りは江戸時代の頃から、無数の横穴墓が剥き出しになっている異様な光景が知られています。さらにこの崖の上には、彩色壁画を有する盟主「虎塚古墳」が鎮座しており、古代にはこの一帯にどんな人たちが何の目的で居住していたのやら? いつ来ても古代ロマンを感じずにはおられません。

どなたかが「この辺りはまるで「ひたちなかの『王家の谷』みたい」な〜んて呟いていたのを思い出します。若い頃は好奇心に駆られ、墓穴の中までよじ登って探検したものですが、今じゃ〜筋力低下で眺めるだけとは情けなや。

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ふと思い出して、F0サイズの小さなスケッチブックを捲ってみたら〜ありました。日付は2008年5月。私ゃ〜当時から古墳マニアだったんですね。

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振り向けば〜目の前には田園が広がり、その先には北関東自動車道が。古代人はこの景色をどんな思いで眺めていたことやら・・・?

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因みに県内の国指定史跡は現在33個所あり、市内では「馬渡埴輪製作遺跡」(昭和44年指定)、「虎塚古墳」(昭和49年)のみ。今回の十五朗穴が県内34番目(市内では3番目)となります。

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那珂湊八朔祭で時代絵巻を体験! [歴史・レトロ・旅行]

昨日は夕方から「那珂湊八朔祭」を見に行きました。

コロナ禍などで何年も休止しておりましたが、今回は久々に全町内総出の江戸時代から続く華やかな時代絵巻が展開されました。

午後6時からは会場となる旧市街地の立ち入り規制が敷かれたため、離れたショッピングモールの駐車場に車を置いて徒歩で旧市街地に向かうと早速、笛や太鼓、お囃子の音色と共に、艶っぽい合いの手が聞こえてきたのでワクワク気分に!最初に遭遇できたのは「田中町」の山車。海が近いせいか涼しくて心地よかったです。

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さらに進むと各町内自慢の豪華な山車が次々とやってきました。こちらは「小川町」です。

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こちらの山車は「釈迦町(しゃかまち)」。

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実はこちらには「磯節保存会」会長の福田祐子さんが三味線を手に参加しておられるのです。(左から2人目) 下からご挨拶したら微笑んで返して下さいました。あとでこの写真を見たら、山車の脇にいる白髪の男性はご主人で市写真連盟相談役の福田 仁さんでは!? ご夫婦揃って頑張っておられました。

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「和田町」の山車はとても煌びやかな飾り付け〜〜!!

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お揃いの法被姿の女性たちが綱を引いている「七丁目」。子どもたちも楽しそう〜!

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お囃子の合間には、「十日も二十日もオッシャイナ〜!」「好きなら好きだとオッシャイナ〜!」な〜んて色っぽい合いの手も。(笑)

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途中、別な道路からは御祭神・天満宮からの古式に則った行列が入ってきたので、山車の運行は一旦お休みに。

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八朔祭のシンボルである重量級の御神輿が静々と通過していきます。屋根のてっぺんには金色の擬宝珠が載っていますが、これは世を偲ぶ仮の姿? 明朝の「浜入り神事」に際しては、胴体を荒縄でがんじがらめに縛られ、擬宝珠も取り外された状態で、褌姿の男たちにより荒々しく揉まれることになるのです。

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最後尾は「元町の弥勒(みろく)」が行列の殿(しんがり)を務めます。

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行列が通過したので最後の一台・「殿山町」の山車が動き出しました。

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午後7時半、とっぷり更けた宵闇の中を煌びやかな山車がお囃子の音色と共に、何台も通り過ぎていきました。

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こちらの高札には、催事に参加する旧町内名と山車を出す順番が表記されております。

パレード風の「水戸黄門祭り」とは異なり、こちらの八朔祭は江戸時代から伝わる厳格な決まり事によって運営されているそうです。

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一夜明けて今日は朝6時から御神輿の「浜入り神事」が行われる予定ですが、昨日だけで体力を消耗しちゃったもんで、残念ながら神輿を海に沈めて清めるという勇壮なシーンには立ち会うことは無理。なので、2013年に撮影したお宝画像をご覧あれ。この頃の私は好奇心の赴くまま、存分に動き回っていたんですけどねえ。(涙)

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